「うっ、ひっく……お姉ちゃん、お姉ちゃん……」
 大声を出して泣いている子供。恐らく小さい頃の俺なのだろう。一体何が悲しくて泣いているのかは分からない。理由を思い出そうとすると、何故か心が激しく拒絶反応を起こしてしまう。恐らくは耐え難いほど大切なものを失ってしまい、心に大きな傷を残してしまったからだろう。
 幼き俺は“お姉ちゃん”に助けを求めていた。俺には兄弟はいない。故に記憶の中にある俺が“お姉ちゃん”と助けを乞うているのは、俺が実の姉のように親しく接していた女性なのだろう。それが誰かまでは思い出せないけど。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん……」
 泣き叫んでも泣き叫んでも結局“お姉ちゃん”は現れなかった。
「大丈夫、大丈夫だから。きっと助かるから……。だから泣かないで、お姉ちゃんがそばにいるからっ……!」
 けど、泣き叫んでいた自分を“お姉ちゃん”が優しく抱きしめてくれた。その“お姉ちゃん”は自分が泣き叫んで呼び求めていた“お姉ちゃん”ではなかった。けど、“お姉ちゃん”を髣髴とさせるような優しい温もりは、傷付いた自分の心を少しばかり癒してくれた……。



「祐一さん、大丈夫ですか?」
「佐祐理さん……」
 気付いた時、俺は佐祐理さんに抱きかかれるように保健室のベットで寝ていた。目線の先には佐祐理さんのふくよかな胸があり、恥ずかしさのあまり俺は目を逸らしてしまう。
 一体なんでこんな所で寝ているのだろう? 舞先輩にヒドイ言葉を投げかけた後の記憶がない。あの後俺は良心の呵責に耐えかねて気を失ってしまったのだろうか。
「祐一さん、ご気分は優れましたか?」
「ええ。佐祐理さんの方こそ大丈夫なんですか?」
「はい。正直完全に気分が良くなったとは言えませんが、祐一さんの顔を見ていたら何だか佐祐理も気分が優れたみたいです。ふふっ」
 逸らした目を元に戻し上目遣いに目を向けると、そこには気が付いた自分に安堵する優しさに包まれた佐祐理さんの顔があった。さっきまで体育館であんなに苦しんでいたのに、俺が苦しみ出すと自分も苦しいはずなのに俺を気遣い包容し、こうして笑顔を向ける。
 佐祐理さんは何て強い人なんだろうと俺は思った。きっと俺だったら自分が苦しんでいる時など、他人を構ってやる余裕などないだろうから。
「祐一さん、変わっていませんね。7年前のあのときから」
「えっ!?」
 7年前!? 7年前に俺と佐祐理さんは会っていたっていうのか? この街に来た翌日に初めて会ったものとばかり思っていたのに。一体どこで会っていたっていうんだ……?
(7年前、7年前……)
 記憶を辿り7年前の出来事を思い出そうとする。
「ぐっ、ああっ……」
 ダメだ、7年前の記憶を呼び起こそうとすると、まるでそこだけにプロテクトがかかっているように、激しい拒絶反応を起こしてしまう。
 ぱふっ……
「えっ!?」
 俺が再び苦しみ出した瞬間、佐祐理さんは俺を胸元に引き寄せ、優しく抱きしめてくれた。佐祐理さんの二つの柔らかいものが制服越しに顔に触れられ、正直恥ずかしい。でも、何故だか佐祐理さんに抱きしめられると気分が良くなってくる。
「いいんですよ、祐一さん。無理に思い出さなくても。それが祐一さんにとって辛い思い出なら。でも、その思い出がどんなに辛く耐え難いものでも、いつか必ず思い出してください。佐祐理のことはその時ちょっとだけ思い出してくだされば十分ですから」
 俺を気遣う佐祐理さんの言葉は優しく包容力に満ち溢れてる。けど、何だか引っ掛かるものがある。佐祐理のことはその時ちょっとだけ思い出してくだされば十分ということは、俺には佐祐理さん以上に思い出さなければならない人がいるとでもいいたいのだろうか?
「ふ〜〜ん。人がせっかく心配して来てみれば、ものすごくおジャマだったかな? ゆ・う・い・ち……」
「げえっ! そ、その声は……」
 甘ったるい空間を一気に瓦解させるかのような冷たい言葉が保健室に響き渡る。恐る恐る声の方へ顔を向けると、そこには笑顔を取り繕いながらも全身から禍々しいオーラを噴出している名雪の姿があった。
「いいか名雪、これはだな……」
 実は保健室に行ったら先に佐祐理さんがいて、諸事情で気分が悪くなって気を失ってしまい、そして気が付いたらいつのまにか佐祐理さんが包容してくれていたのであって、決して俺によこしまな心があってこんな体勢になっているわけではない!
……なんて釈明しようと思ったけど、名雪の闘気に気圧されて、とてもそんなことは言えそうにない。
「あははーっ。名雪さん、佐祐理と祐一さんは名雪さんが思ってるような関係ではないので、ご心配なくーー!」
「ちょっ、佐祐理さん!」
 俺が答えに窮していると、佐祐理さんが火に油を注ぐような発言をしてしまった。そんなワザとらしい発言をしたら、余計に怪しまれるじゃないですか!
「わ、わたしは別にそういうことを訊いてるんじゃなくて、その……」
 しかし、予想に反して名雪は何故か顔を赤らめながらもじもじとした態度を取り始めた。ひょっとして図星を突かれたのだろうか。
「さぁ、HPも満タンになったことだし、とっとと家に帰るぞ名雪!」
「あっ、待ってよ祐一!」
 俺はこの機とばかりにベッドから離れ、鞄を取りに教室に向かおうとした。佐祐理さんのことが色々気なったけど、今はとりあえず名雪と一緒に帰るのが良策だと思い、俺は佐祐理さんに軽く頭を下げて、保健室を後にした。
「……ですが、名雪さん、あなたの想いは決して叶うことはないでしょう……。何故ならば、祐一さんには既に千年の想いを受け継いだとも言うべき運命の人がいるのですから……」



第弐拾話「解かれし封印」


「すまない祐一、ちょっと付き合ってくれ」
 夕食後、潤から携帯に電話があった。何でもこれから学校へ魔物の正体を確かめに行くから一緒に来て欲しいとのことだった。俺は昨日の恐怖を思い出し一瞬躊躇ったが、勇気を出して付いて行くことにした。
「本当にすまんな、祐一。本来なら一般人のお前を巻き込みたくはないんだが……」
「別に構わないさ。俺も“魔物”の正体を知りたいし」
 俺は水瀬家にわざわざ来てくれた潤のバイクに乗せられ、共に水高へと向かった。今宵は昨晩と違い雪は降っていない。しかし、日の光により中途に溶け残った根雪が夜風に晒され堅強な氷の塊へと変貌した公道は、昨日以上に危険なものだそうだ。
 それにしても、まだ降り積もったばかりの新雪が美しいことこの上ないのに対し、犬の小便や泥に塗れた根雪は醜いことこの上ない。TVでは降り積もったばかりの美しい雪の姿しか映さない。しかし、本来雪がその美しさを保つのはほんの一瞬だけであり、あとは太陽の光と地熱により完全に溶けるまで、ひたすら醜く変貌した醜態をさらけ出しているのだ。
 けど、それは雪に限ったことではない。俺達人間でさえ若く美しいのはほんの数十年で、あとは醜い老化の一途を辿り死ぬだけだ。栄枯盛衰は生者の理。ならば、まるで生物が老いるように溶ける雪は、“生きている”と言えるのかもしれない。
「なあ、本当に俺が囮にならなきゃならないのか?」
 北上川を通り越し、水瀬市の中心部に入った頃、俺は潤から聞かされた俺が付いて行かなければならない理由を、改めて問い質した。
「ああ。これはオレの勝手な推測だが、魔物はお前のみを意図的に狙ってるんじゃないかなと思ってな。どうだ? 昨日襲われた時そんな感じしなかったか?」
「……。ああ、確かにそんな感じだったかもしれない……」
 暫し沈黙し、俺は頷いた。確かに魔物は俺を意図的に狙っていた感があった。けど、それは正確ではない。舞先輩は言っていた。魔物は自分以外の人間に危害を加えない・・・・・・・・・・・・・・・と。
 つまり、本来は舞先輩以外の人間には無害だったものが何かしらの理由で俺を襲ったということだ。しかし、何故魔物は俺と舞先輩しか襲わない・・・・んだろう?
 俺と舞先輩には、魔物の標的となり得る何かしらの共通項があるというとこなのだろうか……?
「なあ、潤。仮に魔物が俺のみを標的にしているとしたなら、俺が狙われる理由は何だ?」
 潤は恐らく何らかの要因を基にして、俺のみが襲われるという推論に達したのだろう。ならば、その推論の基となっている要因は一体何なのだと、俺は訊ねた。
「……実はな、公には晒されてないんだが、33年前に似たような事件があったんだ……」
 辛うじて聞き取れる声で、潤は囁いた。
「どんな事件なんだそれは?」
「学校関係者でも一部にしか知らされていない極秘事項なんで詳しくは言えない。だが、その時起きていた事件を解決したのが当時の應援團長である日人さんと、副團長だった水瀬春菊さんなんなんだよ……」
「な、何だって!?」
 潤の口から出た名に俺は驚いた。春菊おじさんに、そしてもう一人はよく母さんが俺の比較の対象としていたあの日人さんに間違いない。
 俺と親しい2人の人間が嘗て起きた同質の事件に関わっていただなんて。俺は一種の運命を感じずにはいられなかった。
「恐らく魔物は33年前自分を封じた2人に怨念を抱き、春菊さんの血を引いているお前を狙ってるんじゃないかな?」
 成程、魔物が悪霊や霊魂の類ならば、何となくだが俺が狙われるても不思議じゃない気がする。しかし、魔物が春菊おじさんの血を引く者を襲っているのだとしたら、何故名雪は今まで襲われなかった・・・・・・・・・・・・・・・のだろう?
 親戚な関係の俺とは違い、名雪は春菊おじさんの実子だ。本当に魔物が春菊おじさんの血を引く者を襲っているのだとしたら、名雪がとうの昔に被害に遭っていたはずだ。
 しかし、名雪からそういった類の話は聞いたことはない。名雪が隠しているという可能性もなくはないが、あの名雪が隠し事をするとも思えない。
 名雪になく俺と舞先輩にあるもの……。魔物はもっと違った理由で俺を襲った気がしてならない……。



「よう、遅かったじゃねぇか、北川!」
 水高へ着くと、斉藤が俺達を出迎えてくれた。何でも本来の今日の見廻り当番は斉藤で、潤は問題解決のため当番でもないのにわざわざ学校へ出向いてきたとの話だった。
「俺は1階を廻ってるからよ、北川は2階を頼むぜ」
「あいよ」
 斉藤は1階の見廻りに行き、俺と潤は当初の予定通り昨日魔物が出没した2階へと向かった。
(しかし、潤が後方から付いて来ているとはいえ、不安だな……)
 魔物は俺を標的にした。ならば相手としては集団でいるところよりも一人でいるところを狙うはずだ。そういった理由から、まずは俺が先行して歩き、万が一魔物に襲われた際には俺の約100m後方を歩いている潤、そして1階を見廻っている斉藤が駆けつけるという策が取られた。
 昨日とは違い真っ先に潤たちが駆けつけてくれる手筈とはいえ、こうして夜の校舎を徘徊していると昨日の戦慄が鮮明に蘇り、否応なく不安に駆られる。
「祐一っ……!?」
「舞先輩……!?」
 廊下をひたすら歩いていると、懐中電灯の照らし出す先に舞先輩の姿が映った。また昨日のように魔物と戦いにでも来たのだろうか?
「あ、あの先輩、その……」
 しかし間が悪い。つい数時間前俺は舞先輩に大キライだと言ってしまったのだ。それが俺の本心ではないとはいえ、舞先輩をひどく傷付けたことには変わりがない。
「そのっ、さっきはゴメンなさい。俺、どうかしてたんだ」
 ここは大人しく謝罪した方がいいと思い、俺は自分の過失を素直に認め、舞先輩に深々と頭を下げた。
「いいの……」
「えっ?」
「分かってるから……。魔物を倒さない限り祐一が昔みたく私のこと慕ってくれるわけないって……」
「先輩それって……」
 魔物を倒せば俺が昔みたく舞先輩を慕うって? そんなはずはない。俺が舞先輩が思ってるような接し方をしていないのは単に昔のことを忘れているからで、それに魔物は関係ないはずだ。一体何を言ってるんだ舞先輩は……?
「おうおう! 誰かと思えば川澄先輩じゃないっスか。一体夜の学校で何をしてるんスか?」
 そんな時だった。俺が突如立ち止まったことに違和感を抱いた潤が懸けつけて来たのだった。
「何の用かはしらねぇけど、應援團の許可なく夜の校舎徘徊するのはやめてくれます? それに今は大事な作戦中で、正直先輩はジャマなんスよ!!」
 数時間前の潤の態度から、潤が先輩を快く思っていないのは十分理解できた。その快く思わない者がイレギュラーな存在としていることに、潤は素直な嫌味の言葉を投げかけたのだった。
「そう、他にも人がいたのね。道理で魔物が私の気配を感じ取れないわけね……」
「あん? どうしてテメェが魔物のことを知ってんだ!!」
 俺や潤など一部の者しか知らない魔物の名を舞先輩が語ったことに、潤は激昂した。秘密裏に事を進めたい潤としては部外者に知られるのは避けたいことだろう。潤の怒りは分からないでもない。
 しかし、そもそも“アレ”を魔物と呼称したのは舞先輩だ。俺はその舞先輩の言葉を借りたに過ぎない。故に舞先輩は厳密には部外者ではない。自らを“魔物を討つ者”と言ったのだから、恐らくずっと前から魔物と戦っているのだろうし。
「どうしてあなたが魔物を知ってるの……? 私と祐一以外知らないはずなのに……」
 対する舞先輩も、潤が魔物の存在を知っていることに、少なからず動揺したのだった。
 互いに互いしか知らないはずのことを他者が知っていることに苛立つ両者。場には少なからず重い空気が流れ始めた。
……どうしよう、俺のせいだ。潤には舞先輩のことを、舞先輩には潤のことを話せば良かった。そうすればこんな無意味な対立避けられたはずだ。
「消えて……。あなたがいると魔物が姿を現さない。私は祐一のために魔物を倒さなきゃならないんだからっ……!」
「それはこっちのセリフだ! テメェのお陰でせっかくの作戦が台無しなんだよ! 消えるのはテメェのほうだ川澄ぃ!」
 2人の確執はますます高まっていく。このままでは互いに衝突してしまいかねない。何とか止めなくてはっ……!!



「北川、そっちに逃げた! 捕まえてくれ!!」
 そんな時だった。均衡を崩すかのように斉藤の声が響き渡った。
「ようやく魔物のお出ましか!? 斉藤の方に現れるとは計算外だったが、まあいいぜ!」
 潤は斉藤の声に呼応し、こちらに向かってくる何者かに突撃していった。
「……」
 対する舞先輩は、微動だにしなかった。どういうことだ。今こちらに向かってくるものは魔物ではないとでも言いたいのだろうか?
「そこかぁっ!」
「ぐわっ!」
 潤は迫ってくる影に向かい、思い切りタックルした。影は潤の攻撃を食らい、廊下へと叩きつけられた。
「なんだぁ、人間じゃねぇか!」
 しかし、潤が倒した者はターゲットの魔物ではなく、人間だった。まあ、物理攻撃が効いた時点で魔物ではないと思ったけど。
「まあいい。こんな時間に無断で学校に入る奴は不審者に決まってるからな。オラァ、ツラ拝ませてもらうぜ!」
 潤は不審者を馬乗りになって押さえ込むと、手に抱えた懐中電灯を不審者の方へ向け、顔を照らし出した。
「なんだぁ、見かけねぇ顔だな? お前どこの学校の生徒だ」
「ん? こいつは、この間團長にケンカ売って返り討ちに遭った工業高校の生徒じゃねぇか!」
 駆けつけた斉藤の話によれば、不審者の正体は冬休みに團長に因縁をつけて痛い目に遭った水瀬工業高校の不良生徒とのことだった。
「き、聞いてねぇぞ、應援團の巡廻が2人だなんて話はよぉ……」
「へっ、残念だったな。大方團長に叩きのめされた恨みを晴らそうと他の應援團が一人になっているところを襲おうとしたんだろうが、運がなかったな」
 悔しがる不良生徒を、潤は軽く嘲笑したのだった。しかしこの不良生徒、よく他校の生徒なのに應援團が夜の学校を巡廻していることを知っていたな。
「まあいい、どっちにしろ作戦は大成功だ……!」
「何、どういうことだ!」
 ドンドン……ゴシャッ!!
 不良生徒が意味深な台詞を吐いた後、何かを打ち壊すような音が辺りに響いた。
「ヒャハーー! 引っかかったな! 俺は囮なんだよ、本命はあっちだバーカ!」
「何だと! テメェら、一体何をしやがった!!」
「石碑を壊したんだよ! 数代前の應援團を称えたっていう石碑をな! 應援團が後生大事にしてる石碑が壊されたとなっちゃ、宮沢のメンツも丸潰れだな! いい気味だぜヒャハハハハハ!!」
 どうやら不良生徒は複数犯のようで、更には本当の目的は別にあったようだ。しかし、数代前の應援團を称えた石碑って、一体どういう石碑なのだろう?
「な、何てことしやがる! あれは記念碑なんかじゃなく怨霊を封じ込めておくためのっ……! ただでさえ封印が解けかかってるって今あれを破壊されゃ……!?」
 石碑が破壊されたことに潤は激しい動揺を見せた。ひょっとしてその石碑に封じ込められていた怨霊が、魔物の正体だとでも言うのか!



「ザマーミロ! これで俺等の気も晴れたってモンだぜ! ア〜〜ヒャッハッハッハッハッハッ……ヒャひっ……!?」
 潤に押さえつけられた不良生徒が狂気じみた声で高笑いしていると、突然その声が発作を起こしたように変化し始めた。
「!? マズイぞ北川! 野郎に怨霊が取り憑き始めたぞ!!」
「クッ! ならば完全に取り憑く前に野郎の意識を遮断させる!!」
 ゴシャ!
 潤は強めに不良生徒の後頭部を殴り、怨霊が取り憑くのを防ごうとした。
『フハハハハハハ……』
 しかし時既に遅く、怨霊が完全に不良生徒に取り憑いてしまったようだ。
『積年ノ恨ミ……ハラス……!! ハラスハラスハラスハラスハラス……!!』
「ぐわっ!」
 怨霊に取り憑かれた不良生徒は奇怪な声を発しながら、馬乗りしていた潤を吹き飛ばしたのだった。
『ククク……感ジルゾ、“源氏”ノ血ノニオイヲ……!! ソシテコレハ……フフフフフ……ハハハハハハハ……!!』
 源氏の血の匂いだって!? 一体何を叫んでるんだコイツは……?
……源氏の血……? そう言えば昔から度々聞かされていた、水瀬家は“源氏の血統を継ぐ者”だって話を……!
ということは、コイツの狙いは俺……!?
『僅カダガ感ジルゾ……ワレラガ仇敵、数千年経トウトモ決シテ忘レヌ憎キ血……“天皇すめらぎ”ノ血ノニオイヲ……!!』
「えっ!?」
 しかし、ソイツは俺ではなく、何故か舞先輩のほうへ向かって行った。
『ククク……カカカカカ……! コノ間ト違イ“ワレラガ帝ノオチカラ”ト同質ノチカラヲ使イシ陰陽師ハオラヌ……。今度コソ憎キ天皇を殺メル……!!』
「……!」
 舞先輩は手に抱えた剣でアイツを抑えているが、アイツの力もなかなかのもので、2人は互いに一歩も譲らぬ均衡状態に突入した。
『コ・ノ・ウ・ラ・ミ・ハ・ラ・サ・デ・オ・ク・ベ・キ・カ……オクベキカ……オクベキカーー!!』
「えっ!?」
 そんな時だった。後ろの方からアイツと似たような声が聞こえた。嫌な予感がする、まさか……!?
『ウオオオ〜〜!!』
「くっ!」
 嫌な予感は的中した。俺の後ろから迫って来たのはアイツと同じく怨霊に取り憑かれた不良生徒2名だった。まずい、アイツは舞先輩と俺を明らかに敵視していた。第一目標が既に戦闘態勢に入っているのだから、代わりにコイツ等は間違いなく俺を標的にしているっ!
『源氏ノ者、カクゴ〜〜!!』
 ソイツ等は息を揃えるように俺に襲い掛かってきた。俺は咄嗟に避けようとするも間に合わず、ソイツ等の攻撃をまともに受けそうになる。
「せりゃ!」
「でりゃ!」
 しかし、すんでの所で潤と斉藤が、ソイツ等を止めに入った。
『源氏ノ者、ウラミハラサデオクベキカーー!!』
「オレたちはアウトオブ眼中かよ。ヘヘッ、應援團も舐められたものだぜ! どうする斉藤? “通常の力”じゃコイツ等に敵わなねぇぞ!!」
「まさか、“力”を使うつもりか北川! 緊急事態とはいえ一般人のいる前でアレは使えないぞ!」
「問題ねぇぜ! 不良生徒共は怨霊さえ抜ければ気絶状態だ。それに川澄先輩は“力の使い手”だし、祐一はあの水瀬副團長の甥だ。何も問題はない!」
「それもそうだな。ならば使わせてもらうぞ……はぁぁぁぁぁ〜〜!!」
「はあああああ〜〜! てりゃあああああ〜〜!!」
 何かを呟いた後、2人はほぼ同時にソイツ等を軽く吹き飛ばした。そして斉藤は上半身の制服を脱ぎ出した後ワイシャツ姿で全身を身構え、潤は身構えながら右手を顔面の前で強く握り出した。一体何が始まると言うんだ!?
「剛! 轟! マッスル!!」
 斉藤がキン肉マンOPの出だしの歌詞を口にした瞬間、突如斉藤の上半身の筋肉という筋肉が膨れ上がり、その膨らむ勢いで着ていたワイシャツを豪快に破り飛ばしたのだった!
「俺のこの手が光って唸る……お前を倒せと輝き叫ぶ……」
 そして潤はドモンの台詞を叫び続け、次第に右手が異様に筋肉質になって来た。
「喰らえっ! 牙突・壱式!!」
「砕け! 必殺! シャアァァァニイング! フィンガァァァァァーー!!」

…第弐拾話完


※後書き

 え〜〜、長くとも5話で一日書き切ろうと思っていたのですが、書き切れませんでした(苦笑)。原稿用紙100枚以上費やしても1日経過しないだなんて、長過ぎですね。
 ただ、これでもまだ短くした方なのですがね。Kanon傳であった真琴と栞のエピソードを丸ごと切りましたので。正直この辺りまともに書いていたら、もう一話は欲しいですので。
 さて、北川がいよいよ必殺技を使うところはKanon傳と同じなのですが(笑)、そこに至るまでの展開は大幅に変わりました。また、北川達の使う力の由来等設定も以前とは大幅に変わっておりますので、その辺りは徐々に紹介したいと思います。

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